2012/04/18

[Review] マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

マーガレット・サッチャー [Margaret Hilda Thatcher, Baroness Thatcher]

イギリス史上初の、女性保守党党首、英国首相(在任:1979年 - 1990年)。1992年からは貴族院議員。
保守的かつ強硬なその性格から 『鉄の女』と揶揄される。強いリーダーシップにより数々の政策を断行する。イギリス経済の復活、小さな政府への転換を公約に掲げ、それによる成果は出ているものの、支持率が大幅に低迷する時期を迎える。そんな時に勃発したフォークランド紛争。多数の犠牲を払ったもののフォークランドを奪還した実績は、その後の根強い人気の元となる。
しかし、保守的かつ急進的な改革を断行する強い姿勢は長くはもたず、1990年の党首選で、自ら英国首相、保守党党首を辞職する意向を表明した。

参考:Wikipedia



例えオックスフォードに合格するほどの頭脳の持ち主であったとしても、当時からイギリス社会は、階級社会によって人への差別意識が強かった。加えて、『女性』であるということ。表向きは紳士の国として女性を立てるのが男の務めであったとしても、それは家庭の中で、もしくは饗宴の中での話。国を率いる、という立場では全く別の話になってしまうのだ。
そんな中、たった一人、国会と言う荒ぶる牙城に乗り込む、全身を青に着込んだうら若き女性。正当な選挙結果でその席を勝ち得たものの、周囲の視線は皆、

女なんかに何が出来る

強くならなければならない。女だからといって、見くびられないように。そのために、どんな犠牲を払おうと。だって、夫デニスとの結婚も、家庭的な女に収まらなくてもいいことを条件に結婚したのだから。

男に見くびられないため、ひいては他者に見くびられないため、あたかも血も涙もありはしないと思わんばかりの政治手腕。その口調こそ、まだ女性としての柔和な感じは残っているものの、日本の政治家で例えれば、石原慎太郎か橋下徹、東京・大阪の両知事を彷彿させる。
マーガレット・サッチャーと言えば、教育科学相に就任していたことから、教育改革に重点を置いていた印象があったが、本作ではそれが全くと言っていいほど見られない。むしろ、続出する失業者や財政危機、領土問題、果てはロンドンの環境や物価の上昇など、多数の深刻な問題を一手に担う、不屈の闘士という印象を受ける。

彼女としては、それは確かに国のためであり、それについては嘘を付いていないと思う。が、最後まで鑑賞すれば、やはり彼女の政策断行の姿勢は、自分のためなのだ。社会の中核は常に男によって牛耳られている。その男も、既得権益のぬるま湯に浸かり果てて骨抜き状態に。私がやらねばならぬ。そうでなければ、私という個人が確立しえないのだから。そう言わんばかりの気迫。
それが故に、夫デニスを失った本当の喪失感を、見誤ってしまったのかもしれない。子供たちも大きくなり、それぞれの道を歩んでいるけれど、どこか遠い存在に見えるのは、そんな母の背中を見て育ったから。強固な意志を持った人は、どうしても、後には引けないものがあるのだ。

彼女は孤独ではない。沢山の人に支えられてきた。けれど、終ぞ彼女は、「自分が孤独でない」ことに気付けなかった。それはそれで、別の視点からすれば幸せなのかもしれない。けれどそれは自分が決めることであって、他人が決めることではない。
現在、彼女は認知症により記憶力が減退していると聞く。過去の出来事を明確に思い出せなくても、彼女にとって過去は幸せだったのか、それは、彼女のみぞ知ることなのだから。

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