2013/07/26

[Review] 風立ちぬ

「風立ちぬ、いざ生きやめも / Le vent se lève, il faut tenter de vivre」

人生は風。時に穏やかに、時に荒々しく風は吹く。吹く風に乗って、人は懸命に、限りある生命の限り、夢中に生きる。では、その風が止んだら     
夢中に生きる者には、懸命に生きる者には、いつかその風が止むことを知っている。風が止んだ時、その夢は終わる。全身と全霊を込めて捧げてきたものが終わる。それでも生きなければならない時、人は何を思うのだろう。何を求め歩んでいくのだろう。

少年は夢を見ていた。飛行機に乗って大空を舞う夢。しかし少年はその夢は、自らの近眼により閉ざされる。しかし少年の飛行機に向ける夢は収まらない。そこで見出したのが、飛行機の設計技師。少年が進むべき夢が定まった時、少年に風が吹く。その時から、少年は夢中の中を生きる。そして少年は信じていた。自らの設計した飛行機が、自由に大空を舞う時を。夢の中で憧れの人がが発案した飛行機が、たとえそれが荒唐無稽であろうとも、自由に空を翔けるように。
しかし時代は、そして周囲の環境は、決して自分の思うどおりにはいかなかった。いかせることは出来なかった。それでも少年はひたすら前を向いた。自分の夢が叶うまで。その夢の過程で、多くの絶えた夢の残骸がうず高く積まれているのを目の当たりにしようとも。



少年の名は、堀越二郎。零戦艦上戦闘機の生みの親とも言われている、同名の堀越二郎がモデルで、また舞台の時代も、彼が生きた明治から昭和を描いています。彼の飛行機に対する情熱は幼少の頃から凄まじく、それこそ、構想から設計、操縦に至るまで、飛行機の『全て』を自分のものにしたい、という願いがありました。近眼が災いして操縦飛行の夢は潰えるも、飛行機『全て』に対する情熱は潰えることなく、彼の人生の支えになります。類稀なる才能と努力で、数々の飛行機の設計に携わっていきます。

が。
時代が求めているのは、空を自由に翔ける夢の乗り物ではなく、国を勝利に導かせるための戦闘機。自分の能力が如何なく発揮できる現場でたたき上げられるも、自分の望みどおりに行かないことに対するジレンマを常に抱えながら、それでも突き進むべきはこの道だ、と、半ば無理やりにでも自分自身を鼓舞したのでしょう。
しかし、夢の中で出会う、憧れの人であるジャンニ・カプローニは、自分の才能が発揮できる時間は非常に短いことを告げる。その先、自分の望む飛行機(彼にとっては世界そのもの)が描けるかどうかの保証が出来ない。伴侶とした菜穂子の生命が残り少ないのと同じように、世界を描くことが出来る『力』にも寿命がある。短い短い寿命。それを知った上で、いや知っているからこそ、後戻りすることは出来ないからこそ、ただまっしぐらに突き進む姿は、確かに『狂気』とも捉えられるかもしれません。
そしてその『夢中』や『狂気』が、作中では『風』として表現され、その『風』が、順風満帆に吹く時よりも、『止んだ』時の主人公の何とも遣る瀬無い表情に、目を見張ってしまったのは言うまでもありません。

何か(その『何か』がなんであれ)に『夢中』に生きる者は、常にその『狂気』と隣り合わせであるというのは、僕にも経験があります。自他共に。そしてその『夢中』という視野の狭い世界の中で、見えるものも多くあるけれど、見失った、通り過ぎてしまった時の喪失感もまた大きい。「僕達には時間が無いんです」という台詞が、その大きさを物語っているようにも思います。


宮崎駿監督の作品は、どれも『夢を追いかける』ことを主軸とした作品が多いけれど、必ず単なる『夢見る物語』『夢中の物語』に終わらせることなく、現実社会に即し、そして現実と向き合わせるためのエッセンスが込められています。文明を求めすぎたが故の破壊と滅び、夢見る少年少女が現実を生きる時の活路、大いなる流れの中で生かされている意味。
この作品は、そう言った『理想』と『現実』はどの作品と比べても非常にはっきり描かれ、しかもファンタジーではなく実際に起こった世界を舞台にしているからこそ、観る者に訴える力が、それこそダイレクトに近い形で伝わるのではないかと思います。置かれた時代と状況の中で、苦しいながらもそれでも生き生きとして、風の吹くままにではなく、その吹く『風』こそが、自分の生き様である、と。

全ての人がそう言った生き方が出来るわけではありませんが、全ての人に等しく『生き様』としての『風』が吹き、それを捉えるチャンスがある。でもその『風』は死ぬまで吹く保証は無く(勿論『死』が『風』の止む時にもなりうる)、その能力を如何なく発揮すればするほど、その人にとって『風』が『止む』瞬間というのを誰よりも怯える。
「視野の狭さは夢中に生きる者の特権」という言葉もあります。視野の狭さは言葉で表すだけでは否定的に捉えられがちだけれど、その『夢中』が自分の生きる『風』であれば、これほど幸せなことは無いのかもしれません。勿論、人の幸せを一概に括り付けることは出来ませんが。

『風』が吹き続ける限りは、ひたすら前を向いて歩き続けなさい。その過程で残酷な現実が待ち受けていようとも、それが貴方の選んだ道であるのなら。環境にも恵まれ、惰性に生きがちな現代であるからこそ、自分の『生き方』『生き様』を見据える機会にもなれる、そんな作品のようにも感じました。



『風立ちぬ』 公式サイト