2013/10/19

[Travel Writing] 幻想的な棚田の夜

世界農業遺産のシンボルともいえる、能登半島 輪島の白米千枚田。日本海に面し、海風を受けながら、昔ながらの農業を営んでいる棚田が、年に一度だけ、幻想的な風景に包まれる     
数年もの間、その光景の写真をモニタの前で羨望の眼差しをずっと送り続けていたのですが、それがようやく実現しました、というか、実現させるために調整しました。 ^^;
夜行バスに乗って和倉温泉まで行き、のと鉄道に乗り換えて穴水まで。そこからバスで輪島へ向かいました。かつてのと鉄道も、輪島まで路線が伸びていたのですが、2003年に利用者減と採算性の折り合いが付かないことが理由で、穴水~輪島間が廃線。輪島市文化会館がある場所は、現在はバスターミナルとなっていますが、当時はそこまで線路が引いてあった名残がそのまま留まっています。

こういったことも一つの引き金にはなっているのですが、今回の輪島散策中に出会った方の話では、特に若い人の輪島離れ絶えない、とのこと。また、能登半島のさらに北に位置する街ですから、ことさらアクセスしにくい場所となっており、海外からの人もあまり来ない場所だ、とのこと。その方はボランティアで除草作業をしているのですが、人口が減る中でも草は増えるばかり、でも除草する人(ひいては街の美化に携わってくれる人)もだんだん減ってきていることに嘆いていらっしゃいました。


ご存知の通り、輪島は輪島塗という漆器の工芸が盛んな街。お土産品や博物館をはじめ、喫茶店等でも輪島塗の器を見ないことはありません。世界的にも誇れる文化があるにも関わらず、人口の流出が止まらない… ただの伝統工芸に捉われない、新たな道筋を考える時が来たのかな、と思うばかりです。
一個人の旅人ですから、こんな誰の目に留まるか分からないようなBlogを書くばかりですが、ほんのちょっとでも、一助になれればと思っております。



白米千枚田の灯籠祭り『あぜの万燈』のイベントが始まると、周囲は混雑し、交通規制も入ってしまうため、その前に昼の千枚田を見にまずはそこへ一直線。途中、何度もあるアップダウンを繰り返しながら、自転車でこぐこと約30分。日本海に面した棚田が見えてきました。
流石に収穫の季節は終わってしまったため、棚田にはところどころで僅かに水を湛える程度で、少し淋しいものがありました。そう言えば別の写真で、田植えをする前の水を湛えた、あるいは田植えをした後のまだ稲が成長しきれていない、夜明け前の淡い光を受けた写真も、別のサイトで見ましたね。灯籠によるライトアップも勿論ですが、特別なイベントではなく、何気ない日常の中で描かれる美しい景色も、この目に焼き付けたいなぁ、と思った次第です。

流石に棚田は淋しかったものの、周囲の環境は徐々に秋色に染まりつつあるのが分かります。自転車で漕ぐには薄っすらと汗が滲み出るものの、そよ吹く少しばかり冷たい風が、秋の気配を感じさせました。



大変恥ずかしい話なのですが、世界農業遺産 (Globally Important Agricultural Heritage Systems) は、場所のことではなく、農業や農法といったシステムそのものの遺産を指すんですね。実際に、能登地方における農業が、如何にここだけの特別なものが数多く存在し、且つそれが代々に渡って受け継がれてきたかが、『キリコ会館』の展示で分かりました。能登、とりわけ輪島や珠洲には、大小さまざまな祭りがあり、中には「なんじゃこりゃ!」と言ってしまうような奇祭も。これらのほとんどは、米を中心とした農業の、健やかな生育と収穫を行うための祭りなのだそうです。能登半島は豪雪地帯であり、且つ平地が少ないという、お世辞にも農業には向いていない土地柄。それでも、恵まれた自然の中で懸命に生きていこうとするための先人の祈りが、こうした地域地域の語り継ぐ『伝統』とも言うべき『祭り』が数多く生まれたのでしょう。世界農業遺産には、こういった祭りが一番の大きな要素になっているのかもしれません。


一方で、マリンタウン界隈は新たに整備されているようで、まだまだ更地のところがあるものの、遊びやすく親しみやすい空間になりつつあるのが窺えます。ただ単に古い町並みを守るだけでなく、街としての再生を図っていく、というのも、一つの取り組みかもしれません。いい方向に進んでいってほしいなぁ、と願うばかりです。


さて、日も暮れてきたところで『あぜの万燈』イベントへ。



風も少なく、雨も無く、万燈イベントには最適の環境。日本海からのさざ波が静かに響く空間に、一つ一つ灯りが灯されていきます。まだ夕陽の光が残る時間帯では、灯された火もただの小さな点にすぎませんでしたが、徐々に暗くなるにつれて、ロウソクの光が際立ち始め、そしてすっかり闇があたりを包み込んだとき、棚田を覆い尽くすかのような幻想的な光景が。それに伴って寒さが増しつつあるものの、夢中になってシャッターを押し続けました。より絞って遠くまでの輝きを強調させたり、逆に開放してボケを利用したりと… ^^
当初、10,000人は来場する、というアナウンスがありましたので、もはや身動きが出来ないほどの大混雑ぶりを予想していたのですが、思ったほど多くは無かったですね。人数次第ではありますが、三脚が立てられるスポットもあります。道沿いの方に行けば当然人が多いですから人のざわめきが耳に入りますが、棚田を降りて海の方に近づいていけば、人のざわめきも減り、聞こえてくるのは日本海の穏やかな波の音。本当に素晴らしい空間でした。

この『あぜの万燈』、2007年の能登半島地震の復興を祈願して開催されたイベントだそうです。今、街中は自身の爪痕は全くと言っていいほどありませんが、それでも、当時の恐怖、そこから復興を遂げた頑張りを伝えるために、今も頑張っている人がいるということに、思いを馳せずにはいられませんでした。