本場アメリカでも空前の大ヒットとなり、その話題は海を越え、既に日本国内でもエンターテインメントの話題の筆頭として席巻しています。コミカルテイストなミュージカル・アニメという、受け入れやすさもさることながら、物語の最初から最後までコミカル、というわけではない、その時折に見せる主人公たちの葛藤が、自分自身を投影しているから、なのでしょう。
特に、YouTube等で話題沸騰なのが、主人公の一人で、姉の方であるエルサが歌う『Let It Go』。英語のみならず、松たか子が歌う日本語版も、国内だけでなく海外からも高い評価を受け、果ては25か国語をつなぎ合わせた映像までが、短期間で再生回数が数百万を超えるヒットに。
米アカデミー賞長編アニメ賞にも輝いた今作の人気について、専門家によると、『Let It Go(ありのままで)』にも含まれる、この作品が訴える主題の一つである、「ありのままに生きる」ということ。
人はどうしても、多数派を作ってしまい、また自分の意見をその多数派に同調しがち。自分が少数派であると、たちまち周囲は自分を『異端』と見做し、排除しようとする。そうすると、人は自分を抑え、堅苦しく他人と同調しなければならないとしようとする。
でも、どんなに自分を抑えても、自分が自分であることを変えることは出来ず、また最後に自分を信じられるのは、自分しかいない。そんな『世相』の堅苦しさから、己を解放する、ということをメッセージとして盛り込んだことが、このアニメが受け入れられた所以、というわけです。
さらに、もう一人の主人公で、妹であるアナを助けるためにクリストフが助けを求めたトロールたちが歌った『Fixer Upper(愛さえあれば)』にも、「彼(彼女)は完璧じゃない」というのも、受け入れられた要素の一つ。人は完璧じゃない、だから互いに手を取り合って生きていくんだ、というメッセージが、孤独に苛まれている現代社会を投影しています。
さらに、今回の最大の見せ場は、『姉妹』の絆。つまり女性同士。これと『Let It Go』の「ありのまま」というのが、同性愛のカミングアウトを助長している、という主張があるようで……
この作品を鑑賞した後に、その主張の記事を見て、「そんなふうには感じられなかったけどなぁ。これは姉妹の絆の物語なんじゃないか」と思ったのですが、いざ記事を見た後で再度この作品を鑑賞すると、どうも『同性愛』的な視点が前のめりに出てしまい…… (´д`)
結局のところ、指摘しなければ済むことで、指摘することによってそんな視点を助長したり、「もうそうにしか見えなくなった」ということに繋がってしまうんじゃないか、と勘ぐってしまうんです。
閑話休題。
今作は、英語版を先に鑑賞し、その後日本語版を鑑賞したのです。
率直な感想を書くと、作品のテンポとしては、やっぱり英語版を元に制作されたんだなぁ、と感じずにはいられませんでした。決して日本語の声優を務めた方々が悪い、というわけではありませんが、日本語化すると、何だかテンポが速過ぎに感じてしまい、折角の作品の魅力も、日本語の魅力も中途半端になってしまったような気がします。
また、物語の重要な要素も、英語であればちゃんと台詞として伝えられたことも、日本語ではそれが変に端折られたりとかしていたので、これを鑑賞した子供たちに、ちゃんと伝えられていたのかなぁ、と思った次第です。
これは、英語の作品を日本語化する際の課題の一つでもありますね。
アナと雪の女王 | ディズニー映画
0 件のコメント:
コメントを投稿