去年、ガルーダ・インドネシア航空の機内誌で僕の写真が採用されて、発行された雑誌(PDF)を見ていた時のこと。雑誌の『Explorer』という特集で、この航空会社が就航している、主にアジアの写真が掲載されていまして、勿論僕の写真だけじゃありませんので、他のPhotographerさんの素晴らしい写真も掲載されていました。そのうちの一つが、福岡県北九州市の『河内藤園』です。
河内藤園は私設の庭園で、春の藤と秋の紅葉の時に入ることが出来ます。ご存知の通り、藤はゴールデンウィークあたりが見頃。この藤園、近くに鉄道も無くバスも通っておらず(昔は近くまでバス停があったらしいですが、採算が採れなかったのか廃止になったらしい)、来るには自家用車かタクシー、あとは観光ツアーを組んだバスくらいになります。
ゴールデンウィークあたりが見頃ですし、割と山へ分け入ったところへ車を走らせていくわけですから、実際の休みの時の混雑ぶりたるや、推して知るべしでしょう。まぁ立地が立地ですから、平地に比べて開花も満開もやや遅い方(天候に寄りますが…)。ですので、ゴールデンウィークが終わった平日に休みを取り、藤園に向かうことと致しました。
ちなみに当初は1人で行く予定でしたが、博多在住の友人(Google+のフォロワーの方)がご一緒していただくことに。またレンタカーまで手配していただいて、本当に感謝です。 m(_ _)m
余談ですが、当初僕は最寄までバスで行き、歩いて行くことを考えていました(最寄りのバス停からでも歩いて40分以上)。いい天気ですし、近くにダムと湖もありますから、散策しながら行こうかなぁ、と思っておりましたが、折角ご用意いただいたので同乗させていただくことに致しました。
割と朝早くに到着したつもりではあるものの、来てみてビックリ。結構人がいる!!
この日は平日ですから、そんなに人はいないものと思っていましたが… やはり同じことを考えている人がいるからでしょうか。そうそう甘くはないってことですね。 (´∀`;)
とは言え、藤のトンネルも歩くことすら出来ないくらいの混雑ぶりではないです。自分の思い思いのペースで散策するくらいの余裕はありますし、トンネルを抜けた上の藤棚は空いていて人もそれほど多くはなかったです。
とまぁ、平日の朝でこんな感じの混雑状況ですから、ゴールデンウィーク真っ最中の、良く晴れた日中の状況たるや、もはや想像つきません。。。 (´ー`)
ですが、やはりここの藤のトンネルは本当に美しい! 紫と白とを交互に植えているわけですから、色のコントラストが実によく映えます。確かに、ここはお勧めのスポットと言えます。
一回でもこんな美しい光景を見てしまったわけですから、もう一回見てみたいなぁ(実際は自分の納得のいく写真が撮れなかったからにすぎませんが。。。 (´∀`;))、と思った次第です。
藤園を見た後は、河内ダムを経て『北九州市立いのちのたび博物館』へ。
スペースワールドの隣にある、古代史を中心とした博物館で、北九州の古代生物や地理だけでなく、人類が誕生するより前の、恐竜等の古代生物が地球上を闊歩していた時のものまで展示されています。
この博物館内の展示物は撮影OK! まぁ調子に乗って三脚取り出したら、学芸員の方に注意されました… (´∀`;) スンマセン
特に、入ってすぐ、ぶち抜きのホールに多数の古代生物の骨格標本が並べられているのは迫力ありますねぇ。天上から吊るされた、主に海にかつて生息していた爬虫類の骨格標本等も見ることが出来ますし、古代生物好きにとっては垂涎の的のようなところではないか、と思います。
人間らしい生き方を身に着けるため、日々精進努力をしてまいります。 / Daily diligence efforts for better life!
2014/05/07
2014/05/06
[Travel Writing] 歴史ある町探訪 - 山口編
昨日の竹原の天気とは打って変わって、この日は終日晴れ。雨の心配をすることなく、街撮りPhotowalkを行うことが出来ました。
この日の目的地は、山口県萩市。江戸時代の長州藩の本拠。そして、幕末の動乱の最中を駆け巡り、近代日本の礎を築いた偉人達の多くが、ここから輩出されています。
山口県の県庁所在地は『山口市』。新山口駅に新幹線が停車することもありますし、また瀬戸内海沿いには工場も建設されています。いわば街の活気としては、瀬戸内海に面した南側に偏っているようです。対して萩のある日本海側は、『萩市』としての活気はまだ賑わっているように見えるものの、その界隈の町は、やはり寂しいものがあります。この日は、新山口駅近くのホテルに宿泊して、バスで萩へ移動。その途中は山道を通ります。萩の街撮りの後は、電車を使って下関→福岡・北九州へ。途中、いくつかの温泉街を通り抜けましたが、やはりどこか寂しさが過っていました。
日本海側は交通の便もそれほど良くはなく、瀬戸内海側との流通の差は増す一方。折角の素晴らしい土地もおおくあるのですし、うまい具合に、日本海側とのたくさんの流通を図っていきたいものです。
晴れていたから、ということもあるのでしょうけれど、東萩駅で自転車を借りて、海岸沿いを走り始めた瞬間から、萩の街並みにすっかり虜になりました。今まで様々なところの『街』を見たり撮ったり歩いたり、その街ならではの魅力を身体いっぱいに染み込ませますが、僕個人の中で、こんなにすぐに心と身体にスーッと入った街は初めてかもしれません。
しかもそれが史跡と言う側面ではなく、漁港や海岸線といった要素。日本海の青く湛える海の色が清々しいまでに綺麗で、そしてその海と、萩の自然、漁港、海に面した史跡が代わる代わる現れては、時折一体となるかのように景色を組み立て、表現していく… そしてその海の青を基調に、自然と人工の様々な色が折り重なり、形成されていく。決してカラフルではないのですが、同様に決して飽きない。もっと落ち着いた、色も単調ではないかと勝手に思っていたのですが、少し回っただけでも、「ここは素晴らしい!」と思いました。
海岸沿いを走りながら萩城址へ行く前に、吉田松陰と杉家の菩提寺である『泉福寺』へ。そこの住職さんに、松陰と、そして彼を支えた家族である杉家にまつわる逸話を窺いました。
杉家と言えば、2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の主人公、杉文は松陰の妹。不勉強ながら、杉文という女性の存在は、この大河ドラマが発表された時に知りました。久坂玄瑞に嫁いだものの、禁門の変で玄瑞が自害。その後、元は自分の姉の夫であった楫取素彦に嫁ぎ、群馬県令となった夫を支え続けたと言われています。
この、楫取素彦との再婚の際、久坂玄瑞の想いを全て断ち切るために、名前(→楫取美和子にか改名)まで変えてしまうという、切実な覚悟が、当時の文にはあったのだそうです。世が世なら、大家族と、そして学友と共に笑いながら過ごせたものを、時は幕末の動乱。幕府も不安定ここ極まれり、追い打ちをかけるように諸外国からの圧力。否応なくそのような情勢に巻き込まれざるを得ない苦悩が伝わりました。
朝到着した時は、萩の街の魅力に取りつかれたように、ぐるぐる見て回りながら自転車を走らせていたのですが、本来頭の中にあった最初の目的地である萩城址、到着した時は、実は結構ぐったりだったりしていました。 (´∀`;)
麗らかな春も終り、初夏の薫りが少しずつ漂い始めた5月のゴールデンウィーク。日中の気温も上がり、ただでさえ暑いのに、雲もほとんどない快晴。朝でこそ爽やかな風が吹き抜けるものの、日中になるとやっぱり暑くなりますね… (´∀`;) なので、萩城址に到着した時は、ちょっと園内をゆっくり散策しよう… と考えても、身体をそういうふうに動かさないのがワタクシ。疲れるから寄せばいいのに、萩城背後の詰丸跡の山頂へ登りました。山はそれほどまで高くはないんですけれど、暑い中を走った後に山を登ったわけですから、少なからず足にきてしまったわけです。
そんなことがあったこと、また萩を去る時間も刻一刻と迫っていることから、本来であれば城下町をゆっくりと散策しようと思ったのですが、城下町の道程と、そして、萩であれば街中で見かける伝統工芸『萩焼』の作品を鑑賞して回りました。
恐らくですが、家屋を拝見出来るところもあるのでしょうけれど、萩の城下町の家は、今はごく普通の家に建て替わっているところが多いように見受けられます。その代り、道程の塀や瓦は、復元されているものも多いのでしょうけれど、当時の面影を少なからず感じましたね。
最初のモチベーションの高さを、こんな感じで街撮りPhotowalk終了に至るまでもたせたこともあり、次の目的へ行く電車の中ではグッタリ… (´∀`;)
そんな時、道端でこんな風に寝ているネコ様に癒されておりました。
この日の目的地は、山口県萩市。江戸時代の長州藩の本拠。そして、幕末の動乱の最中を駆け巡り、近代日本の礎を築いた偉人達の多くが、ここから輩出されています。
山口県の県庁所在地は『山口市』。新山口駅に新幹線が停車することもありますし、また瀬戸内海沿いには工場も建設されています。いわば街の活気としては、瀬戸内海に面した南側に偏っているようです。対して萩のある日本海側は、『萩市』としての活気はまだ賑わっているように見えるものの、その界隈の町は、やはり寂しいものがあります。この日は、新山口駅近くのホテルに宿泊して、バスで萩へ移動。その途中は山道を通ります。萩の街撮りの後は、電車を使って下関→福岡・北九州へ。途中、いくつかの温泉街を通り抜けましたが、やはりどこか寂しさが過っていました。
日本海側は交通の便もそれほど良くはなく、瀬戸内海側との流通の差は増す一方。折角の素晴らしい土地もおおくあるのですし、うまい具合に、日本海側とのたくさんの流通を図っていきたいものです。
晴れていたから、ということもあるのでしょうけれど、東萩駅で自転車を借りて、海岸沿いを走り始めた瞬間から、萩の街並みにすっかり虜になりました。今まで様々なところの『街』を見たり撮ったり歩いたり、その街ならではの魅力を身体いっぱいに染み込ませますが、僕個人の中で、こんなにすぐに心と身体にスーッと入った街は初めてかもしれません。
しかもそれが史跡と言う側面ではなく、漁港や海岸線といった要素。日本海の青く湛える海の色が清々しいまでに綺麗で、そしてその海と、萩の自然、漁港、海に面した史跡が代わる代わる現れては、時折一体となるかのように景色を組み立て、表現していく… そしてその海の青を基調に、自然と人工の様々な色が折り重なり、形成されていく。決してカラフルではないのですが、同様に決して飽きない。もっと落ち着いた、色も単調ではないかと勝手に思っていたのですが、少し回っただけでも、「ここは素晴らしい!」と思いました。
海岸沿いを走りながら萩城址へ行く前に、吉田松陰と杉家の菩提寺である『泉福寺』へ。そこの住職さんに、松陰と、そして彼を支えた家族である杉家にまつわる逸話を窺いました。
杉家と言えば、2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の主人公、杉文は松陰の妹。不勉強ながら、杉文という女性の存在は、この大河ドラマが発表された時に知りました。久坂玄瑞に嫁いだものの、禁門の変で玄瑞が自害。その後、元は自分の姉の夫であった楫取素彦に嫁ぎ、群馬県令となった夫を支え続けたと言われています。
この、楫取素彦との再婚の際、久坂玄瑞の想いを全て断ち切るために、名前(→楫取美和子にか改名)まで変えてしまうという、切実な覚悟が、当時の文にはあったのだそうです。世が世なら、大家族と、そして学友と共に笑いながら過ごせたものを、時は幕末の動乱。幕府も不安定ここ極まれり、追い打ちをかけるように諸外国からの圧力。否応なくそのような情勢に巻き込まれざるを得ない苦悩が伝わりました。
朝到着した時は、萩の街の魅力に取りつかれたように、ぐるぐる見て回りながら自転車を走らせていたのですが、本来頭の中にあった最初の目的地である萩城址、到着した時は、実は結構ぐったりだったりしていました。 (´∀`;)
麗らかな春も終り、初夏の薫りが少しずつ漂い始めた5月のゴールデンウィーク。日中の気温も上がり、ただでさえ暑いのに、雲もほとんどない快晴。朝でこそ爽やかな風が吹き抜けるものの、日中になるとやっぱり暑くなりますね… (´∀`;) なので、萩城址に到着した時は、ちょっと園内をゆっくり散策しよう… と考えても、身体をそういうふうに動かさないのがワタクシ。疲れるから寄せばいいのに、萩城背後の詰丸跡の山頂へ登りました。山はそれほどまで高くはないんですけれど、暑い中を走った後に山を登ったわけですから、少なからず足にきてしまったわけです。
そんなことがあったこと、また萩を去る時間も刻一刻と迫っていることから、本来であれば城下町をゆっくりと散策しようと思ったのですが、城下町の道程と、そして、萩であれば街中で見かける伝統工芸『萩焼』の作品を鑑賞して回りました。
恐らくですが、家屋を拝見出来るところもあるのでしょうけれど、萩の城下町の家は、今はごく普通の家に建て替わっているところが多いように見受けられます。その代り、道程の塀や瓦は、復元されているものも多いのでしょうけれど、当時の面影を少なからず感じましたね。
最初のモチベーションの高さを、こんな感じで街撮りPhotowalk終了に至るまでもたせたこともあり、次の目的へ行く電車の中ではグッタリ… (´∀`;)
そんな時、道端でこんな風に寝ているネコ様に癒されておりました。
2014/05/05
[Travel Writing] 歴史ある町探訪 - 広島編
広島空港に降り立った時の天気は、雨。
開始早々、あまりよろしくない天気ではありますが、今回の旅先のことを鑑みれば、まぁそれでもいいかなぁ、と思ったのは、今回の街撮りPhotowalkに選んだ場所が、『安芸の小京都』と呼ばれる、広島県竹原市の伝統的建造物群保存地区だからです。古き良き時代の家屋に囲まれた、狭い小路を撮り歩く時、雨で濡れそぼった道が、何ともいえぬノスタルジーな味わいを醸し出します。
今回の街撮りPhotowalkでは、ちょっと趣向を凝らしてモノクロに。白黒以外にも、セピアにしたりなど、『落ち着き』や『静か』というイメージと同時に、『寂しさ』や『侘しさ』というのも表現してみました。うまく表現できていればいいのですが… ^^;
2014年度後期のNHK連続テレビ小説『マッサン』の主人公・亀山政春のモデルとなった、竹鶴正孝の出身地が、竹原です。
竹鶴酒造は古くからの日本酒の蔵元であり、分家の出自とは言え、正孝も幼少の頃から日本酒の製造に興味を持っていたそうです。大阪の摂津酒造で働いていた折に、本場のスコッチウィスキーに出会い、その研究と製造法を学ぶためスコットランドに留学。そこで出会ったリタと、周囲の猛反対を押し切って結婚。大不況や戦争など、様々な艱難辛苦に見舞われながらも、粘り強い根気と至高の品質を目指したウィスキーを開発。その業と信念は、今にも引き継がれていると言えましょう。
僕が訪れた時は、ゴールデンウィークの只中であったにも関わらず、人はそれほど多くなく。雨、という天候だから、というのも影響しているのかもしれませんね。まぁそれが、ゆっくりと散策出来た一つの所以ではないかな、と思います。朝ドラの影響も、まだこの時期は少な目、という感じでした。
竹鶴酒造以外にも日本酒の製造・販売を行っている蔵元は、他にもいくつかあるようで、試飲も出来ます。『竹原』という街の名前の通り、『竹』にまつわる工芸品も数多くあり、それに加わって日本酒のほのかな香りがブレンドされ、まさに『味』と『香り』を楽しむ街、なのかもしれません。
そう言えば、街中を歩いていると、写真のようなピンク色のみょーな物体をよく目にしまして、何ぞ… と調べてみたら、アニメ『たまゆら』のキャラクターの『ももねこ様』なんですね。Wikipediaを見ると、色々なところに出没する猫、なのだそうですが…
うん、何か、こう、癒しになっているのかどうなのか、立ち位置的にビミョーな雰囲気だけは伝わりました。 (´・ω・`)
こういった伝統的建造物群保存地区は、割と一本道でその両脇に古き家屋が立ち並ぶ… といった構造が多いのですが、脇道への広がりもあり、またそこにも古い家屋が、そしてさらに脇道には… と、単純すぎない構造が、訪れる人の好奇心を掻き立てていると言えましょう。
目で見るだけでなく、鼻と口で味わう、それが竹原の魅力の一つだと思います。
開始早々、あまりよろしくない天気ではありますが、今回の旅先のことを鑑みれば、まぁそれでもいいかなぁ、と思ったのは、今回の街撮りPhotowalkに選んだ場所が、『安芸の小京都』と呼ばれる、広島県竹原市の伝統的建造物群保存地区だからです。古き良き時代の家屋に囲まれた、狭い小路を撮り歩く時、雨で濡れそぼった道が、何ともいえぬノスタルジーな味わいを醸し出します。
今回の街撮りPhotowalkでは、ちょっと趣向を凝らしてモノクロに。白黒以外にも、セピアにしたりなど、『落ち着き』や『静か』というイメージと同時に、『寂しさ』や『侘しさ』というのも表現してみました。うまく表現できていればいいのですが… ^^;
2014年度後期のNHK連続テレビ小説『マッサン』の主人公・亀山政春のモデルとなった、竹鶴正孝の出身地が、竹原です。
竹鶴酒造は古くからの日本酒の蔵元であり、分家の出自とは言え、正孝も幼少の頃から日本酒の製造に興味を持っていたそうです。大阪の摂津酒造で働いていた折に、本場のスコッチウィスキーに出会い、その研究と製造法を学ぶためスコットランドに留学。そこで出会ったリタと、周囲の猛反対を押し切って結婚。大不況や戦争など、様々な艱難辛苦に見舞われながらも、粘り強い根気と至高の品質を目指したウィスキーを開発。その業と信念は、今にも引き継がれていると言えましょう。
僕が訪れた時は、ゴールデンウィークの只中であったにも関わらず、人はそれほど多くなく。雨、という天候だから、というのも影響しているのかもしれませんね。まぁそれが、ゆっくりと散策出来た一つの所以ではないかな、と思います。朝ドラの影響も、まだこの時期は少な目、という感じでした。
竹鶴酒造以外にも日本酒の製造・販売を行っている蔵元は、他にもいくつかあるようで、試飲も出来ます。『竹原』という街の名前の通り、『竹』にまつわる工芸品も数多くあり、それに加わって日本酒のほのかな香りがブレンドされ、まさに『味』と『香り』を楽しむ街、なのかもしれません。
そう言えば、街中を歩いていると、写真のようなピンク色のみょーな物体をよく目にしまして、何ぞ… と調べてみたら、アニメ『たまゆら』のキャラクターの『ももねこ様』なんですね。Wikipediaを見ると、色々なところに出没する猫、なのだそうですが…
うん、何か、こう、癒しになっているのかどうなのか、立ち位置的にビミョーな雰囲気だけは伝わりました。 (´・ω・`)
こういった伝統的建造物群保存地区は、割と一本道でその両脇に古き家屋が立ち並ぶ… といった構造が多いのですが、脇道への広がりもあり、またそこにも古い家屋が、そしてさらに脇道には… と、単純すぎない構造が、訪れる人の好奇心を掻き立てていると言えましょう。
目で見るだけでなく、鼻と口で味わう、それが竹原の魅力の一つだと思います。
2014/04/20
[Travel Writing] 桜紀行 in 2014 - 宮城編
2014年の桜紀行、最後の地は、宮城県多賀城市。かつて、陸奥国府に築かれた鎮守府『多賀城』にちなみ、その市名がついています。街を彩る桜見物と、街撮りPhotowalkを兼ねて、街中を歩いていきました。
多賀城を歩く前に、まずは鹽竈神社へお参り。多賀城市・塩釜市共に、仙台から電車で20~30分程度のアクセスの良さ。気軽に行くことが出来るのがいいですね。
夜行バスで仙台に到着した時、既に街中の桜は満開。綺麗に彩られていました。多賀城・塩釜共に距離は離れていませんから、きっと桜の咲き振りも同じくらいでしょう。期待が高まります。 ^^
……とは言え、早朝にも関わらず、仙台駅から歩いて10分程度の榴岡公園には、場所取りの青ビニールシートがビッシリ… そして場所取りに生命と出世欲を賭けんとする人々の熱き残骸 努力の数々が至るところに! ('A`)
余談ですが、多賀城とその界隈の公園は、休日であるにも関わらずあまり人多くなくて、ゆっくり散策することが出来ました。市の境にある加瀬沼公園は、バーベキュー場が備わっていますから、その関係で混雑していましたけれど。ご家族で、ご友人で、喧騒もほどほどに花見を楽しみたい、というのであれば、多賀城は絶好の場所ですのに… (´・ω・`)
まぁ、人は集まりやすいところに集まってしまう、というのが性なんでしょうかねぇ。
そんなことを思いながらも、気を取り直して、街中を散策しました。
国府多賀城駅の北側と南側で、様子が結構違います。
南側は、駅のすぐそばに東北歴史博物館があります。律令時代から現代に至るまで、この地を中心とした東北の興亡が描かれた博物館となっています。
ホールの奥に、ガラスケースで厳重に保管されていた品があって、よく見るとそれは、東日本大震災の折にチャリティでオークションに出された、レディ・ガガのカップが! ここに展示されていたのですね~。初めて生で見ました。 ^^
多賀城廃寺跡を抜けると、もう完全に住宅地。とは言え、ところどころに散在する寺社の境内には、美しく咲き誇る桜が植えられており、静かに時を刻んでいるようでした。
替わって北側は、多賀城跡を中心に、田園風景が広がります。素朴な田舎の風景が広がっています。多賀城そのものが高台の上に築かれていますので、田園は丘の斜面を中心に広がっています。見た目としては意外とアップダウンはあるように感じますが、歩いているうちはそれほど苦に感じるような傾斜ではありません。人の喧騒から離れ、通り過ぎる風に耳を傾けながら、散策するにはピッタリかもしれません。
かつての陸奥国府の鎮守府の跡だけあって、多賀城、かなり広いです。単に丘の上の史跡だけでなく、その周囲の史跡や、城に入る上での門の跡等を見ると、その広さたるや、地図で見比べても、他の城跡に見劣りしません。ざっくりとした面積比較でも、現在の大阪城公園以上になるかと。
そんな中を、満開の桜がお出迎えであるにもかかわらずあまり人がいないものですから、独り占めで堪能できる! という反面、何だか寂しい気もします。折角仙台から近い場所であるわけですから、もっとこっちに来てもいいのに… という気持ちもなくはありません。
難しいところですね。。。
まぁ、兎にも角にも、いつもの街撮りとはちょっと趣を異にした、律令時代の息吹を感じる街撮りでした。そして、今年の桜紀行もこれを以て最後。今年も、南から北へ、様々なところへ足を運んだと思います。来年はどんなところに行こうか、既にこの時点で楽しみになっています。 ^^
多賀城を歩く前に、まずは鹽竈神社へお参り。多賀城市・塩釜市共に、仙台から電車で20~30分程度のアクセスの良さ。気軽に行くことが出来るのがいいですね。
夜行バスで仙台に到着した時、既に街中の桜は満開。綺麗に彩られていました。多賀城・塩釜共に距離は離れていませんから、きっと桜の咲き振りも同じくらいでしょう。期待が高まります。 ^^
……とは言え、早朝にも関わらず、仙台駅から歩いて10分程度の榴岡公園には、場所取りの青ビニールシートがビッシリ… そして場所取りに生命と出世欲を賭けんとする人々の熱き
余談ですが、多賀城とその界隈の公園は、休日であるにも関わらずあまり人多くなくて、ゆっくり散策することが出来ました。市の境にある加瀬沼公園は、バーベキュー場が備わっていますから、その関係で混雑していましたけれど。ご家族で、ご友人で、喧騒もほどほどに花見を楽しみたい、というのであれば、多賀城は絶好の場所ですのに… (´・ω・`)
まぁ、人は集まりやすいところに集まってしまう、というのが性なんでしょうかねぇ。
そんなことを思いながらも、気を取り直して、街中を散策しました。
国府多賀城駅の北側と南側で、様子が結構違います。
南側は、駅のすぐそばに東北歴史博物館があります。律令時代から現代に至るまで、この地を中心とした東北の興亡が描かれた博物館となっています。
ホールの奥に、ガラスケースで厳重に保管されていた品があって、よく見るとそれは、東日本大震災の折にチャリティでオークションに出された、レディ・ガガのカップが! ここに展示されていたのですね~。初めて生で見ました。 ^^
多賀城廃寺跡を抜けると、もう完全に住宅地。とは言え、ところどころに散在する寺社の境内には、美しく咲き誇る桜が植えられており、静かに時を刻んでいるようでした。
替わって北側は、多賀城跡を中心に、田園風景が広がります。素朴な田舎の風景が広がっています。多賀城そのものが高台の上に築かれていますので、田園は丘の斜面を中心に広がっています。見た目としては意外とアップダウンはあるように感じますが、歩いているうちはそれほど苦に感じるような傾斜ではありません。人の喧騒から離れ、通り過ぎる風に耳を傾けながら、散策するにはピッタリかもしれません。
かつての陸奥国府の鎮守府の跡だけあって、多賀城、かなり広いです。単に丘の上の史跡だけでなく、その周囲の史跡や、城に入る上での門の跡等を見ると、その広さたるや、地図で見比べても、他の城跡に見劣りしません。ざっくりとした面積比較でも、現在の大阪城公園以上になるかと。
そんな中を、満開の桜がお出迎えであるにもかかわらずあまり人がいないものですから、独り占めで堪能できる! という反面、何だか寂しい気もします。折角仙台から近い場所であるわけですから、もっとこっちに来てもいいのに… という気持ちもなくはありません。
難しいところですね。。。
まぁ、兎にも角にも、いつもの街撮りとはちょっと趣を異にした、律令時代の息吹を感じる街撮りでした。そして、今年の桜紀行もこれを以て最後。今年も、南から北へ、様々なところへ足を運んだと思います。来年はどんなところに行こうか、既にこの時点で楽しみになっています。 ^^
2014/04/12
[Travel Writing] 桜紀行 in 2014 - 奈良編
「吉野の桜の季節の混雑ぶりは相当のものよ。普通だったら土曜休日は行かないわね」
という母の言。その言葉通り、桜が満開の時期の吉野は、周囲は人・人・人だらけ! 吉野の桜の満開の時期は、山の山麓・山腹等でやや異なりますが、大体4月中旬くらい。大阪・京都の桜のピークが4月上旬ですから、まだ桜を楽しみたい! という方が、こぞって奈良に集結するのです。
車の場合は、県道15号線と37号線を使います。激混みは必至ですから、時間を気にせずのんびり観光というのならいいかもしれませんが…
鉄道の場合は、近鉄吉野線の1本のみ。これが実にやっかい。朝7時台の時点で、橿原神宮前に到着した電車は既に激混み。そこから吉野へは1時間以上かかります。距離的に1時間かかるの? と思うかもしれませんが、橿原神宮前以降は単線。しかも行き違いの関係で1駅で2本通過待ち、というのもあり、車内のイライラは至る所で着火寸前を迎えます。スムーズに、且つ快適に現地へ行きたいというのであれば、近鉄の特急で予め席を予約するのが無難です。早めの行動が大事です。 ^^;
しかし、そんな風に悪戦苦闘しながらでも、やはり1度は行く価値はありますねぇ。吉水神社から眺める一目千本を始め、吉野水分神社へ向かう道すがらから見下ろした中千本等、山全体がピンク色に包まれ、しかも今日はやや曇り空でしたので、薄っすらと山が花霞に包まれた様子が印象的でした。
『吉野山』とは言え、金峰神社まで道が舗装されていますので、比較的歩きやすいです。途中途中道は狭く、また傾斜もやや急になっているところもあります。そんな中を、慣れた運転技術で、しかも観光客で大賑わいの中をすり抜けるタクシー。その桁外れの運転たるや、見てるこちらもハラハラしつつも、感嘆せずにはいられませんでした… ^^;
そして、流石は世界遺産にも指定されている地域であるだけに、海外からやってくる観光客も多く、そして彼らの好奇心をくすぐる土産物や小物も盛り沢山。特にこの時期は、ピンクや赤を中心とした、『和』テイストの土産物が艶やかに通りを彩りますね。
さて、御存知の通り、近鉄吉野線で吉野駅に到着すると、千本口から吉野山までのロープウェイがありますが、桜の季節のように激混みの時期の、ロープウェイの利用は全くお勧め出来ません。電車や観光バスの時間が決まっているのなら猶更です。乗り場は朝から夕方まで長蛇の列。
そこで、ロープウェイの脇を通っている道を歩くのがお勧め。ロープウェイを使うほどの傾斜だから歩くの大変なのでは… とお思いでしょうが、意外や意外、結構歩きやすいです。くねくねとカーブが続きますから、歩く際の距離はあるように思うものの、傾斜もそんなにありませんので、お年を召した方でもすいすいと歩いていらっしゃいました。
僕も上りは坂を歩いて、そして下りも坂を歩いて。まぁ、こっちの方が自分のペースを理解しているのであれば、スムーズに駅に行くことも出来ますし。
とは言え、『吉野口』の乗り場近辺は、もう大混雑も大混雑。ほんの数m歩くだけでも数分かかったりとかもしばしば。やはり帰りも、時間に余裕をみた行動をとる必要がありそうです。 ^^;
という母の言。その言葉通り、桜が満開の時期の吉野は、周囲は人・人・人だらけ! 吉野の桜の満開の時期は、山の山麓・山腹等でやや異なりますが、大体4月中旬くらい。大阪・京都の桜のピークが4月上旬ですから、まだ桜を楽しみたい! という方が、こぞって奈良に集結するのです。
車の場合は、県道15号線と37号線を使います。激混みは必至ですから、時間を気にせずのんびり観光というのならいいかもしれませんが…
鉄道の場合は、近鉄吉野線の1本のみ。これが実にやっかい。朝7時台の時点で、橿原神宮前に到着した電車は既に激混み。そこから吉野へは1時間以上かかります。距離的に1時間かかるの? と思うかもしれませんが、橿原神宮前以降は単線。しかも行き違いの関係で1駅で2本通過待ち、というのもあり、車内のイライラは至る所で着火寸前を迎えます。スムーズに、且つ快適に現地へ行きたいというのであれば、近鉄の特急で予め席を予約するのが無難です。早めの行動が大事です。 ^^;
しかし、そんな風に悪戦苦闘しながらでも、やはり1度は行く価値はありますねぇ。吉水神社から眺める一目千本を始め、吉野水分神社へ向かう道すがらから見下ろした中千本等、山全体がピンク色に包まれ、しかも今日はやや曇り空でしたので、薄っすらと山が花霞に包まれた様子が印象的でした。
『吉野山』とは言え、金峰神社まで道が舗装されていますので、比較的歩きやすいです。途中途中道は狭く、また傾斜もやや急になっているところもあります。そんな中を、慣れた運転技術で、しかも観光客で大賑わいの中をすり抜けるタクシー。その桁外れの運転たるや、見てるこちらもハラハラしつつも、感嘆せずにはいられませんでした… ^^;
そして、流石は世界遺産にも指定されている地域であるだけに、海外からやってくる観光客も多く、そして彼らの好奇心をくすぐる土産物や小物も盛り沢山。特にこの時期は、ピンクや赤を中心とした、『和』テイストの土産物が艶やかに通りを彩りますね。
さて、御存知の通り、近鉄吉野線で吉野駅に到着すると、千本口から吉野山までのロープウェイがありますが、桜の季節のように激混みの時期の、ロープウェイの利用は全くお勧め出来ません。電車や観光バスの時間が決まっているのなら猶更です。乗り場は朝から夕方まで長蛇の列。
そこで、ロープウェイの脇を通っている道を歩くのがお勧め。ロープウェイを使うほどの傾斜だから歩くの大変なのでは… とお思いでしょうが、意外や意外、結構歩きやすいです。くねくねとカーブが続きますから、歩く際の距離はあるように思うものの、傾斜もそんなにありませんので、お年を召した方でもすいすいと歩いていらっしゃいました。
僕も上りは坂を歩いて、そして下りも坂を歩いて。まぁ、こっちの方が自分のペースを理解しているのであれば、スムーズに駅に行くことも出来ますし。
とは言え、『吉野口』の乗り場近辺は、もう大混雑も大混雑。ほんの数m歩くだけでも数分かかったりとかもしばしば。やはり帰りも、時間に余裕をみた行動をとる必要がありそうです。 ^^;
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