2012/04/09

[Travel Writing] 西日本桜紀行 - 愛知編 Vol.2

前夜の名古屋城から始まり、桜旅の愛知編は、今日も城巡りから始まります。

清洲城と桜清洲城からの風景

新幹線に乗って、名古屋近辺を走っているときに見える天守。あれが何だろうといつも気になっていたのですが、この城が、言わば戦国の中心舞台、三英傑も(時期は違えど)この城で城主として過ごしていたという、有名な清洲城ですね。
尾張国の守護所として栄え、京鎌倉往還と伊勢街道が合流し中山道にも連絡する交通の要所として重視されたものの、徳川家康によって、清須から名古屋への遷府が指令されると、1610年より清洲城下町は名古屋城下に移転されます。清須城も名古屋城築城の際の資材として利用され、1613年名古屋城の完成と城下町の移転が完了したことにより廃城となるという、数奇な運命を辿ります。
しかし、信長が天下取りの布石となる桶狭間の戦いの際も、出陣は清洲城から、というところから始まり、そこから瞬く間に急成長し、数々の大名を従わせる。豊臣秀吉、徳川家康も、その後に続く。清洲城は、まさに、天下取りのための夢舞台の始まりでもあったんですね。戦国の浪漫が、この城に凝縮されている、というわけです。しかし、歴史は常に勝者によって書き換わるもの。夢舞台の始まりと言えど、数奇で残酷な運命を辿ります。世が世なら、この清洲城こそ、安土城・大阪城・江戸城を凌駕するくらいの、栄華を極めた城になっていたのかもしれませんね…

五条川を渡り、対岸には、西に清洲城を眺めるように、清洲公園があります。そこも桜の名所になっており、清洲城の桜や、五条川岸の桜と呼応するように、見事な桜が咲いています。また、公園には、かつての清洲城城主、織田信長の像が立てられており、往年の栄華が忍ばれます。

五条川と桜清洲公園の織田信長像


清洲城を後にし、向かった先は犬山城へ。ご存じのとおり、現存する天守で、国宝の1つでもあり、また桜の名所でもあります。

犬山城と桜天守閣からの風景

木曽川沿いに建てられた犬山城。そのため、天守閣からの眺めも絶景で、写真は少々曇っておりますが、太陽が出ていたら、陽の光に照らされた木曽川の水面が、キラキラと光って、素晴らしい絶景を醸し出していたかもしれません。^^
現在の姿は、1617年頃に、当時の城主成瀬正成が改修したもの。以来、犬山城は、城主が変わることなく、成瀬氏が治めておりまして、しかもそれは、廃藩置県を経て、第二次世界大戦が終わった後でも続くという、日本の城郭としては、つい最近まで、個人の所有として、城主が存在していたわけなんですね。それを知った時はビックリしました!
現在は、その城主の方が財団法人を設立し、財団が城を所有する、という形をとっています。世が世なら、今でも続く殿方、姫がおわす城、ということになっていたんですね。

犬山城は、その周辺も桜の名所として知られており、郷瀬川が流れる城見歩道にも、たくさんの桜が植えられています。一方で、残念なことに、犬山城から城下町通りを通った後、犬山駅へ向かう曲がり角は、シャッター街に。かつては、大いに賑わいを見せていたのでしょうけれど、寂れてしまって、見た目にもちょっと寂しく感じてしまいました。
駅周辺に出来ている、大きなショッピングモール。交通の便としても、名古屋に近い。それが一つの要素となっているのかもしれません。

逆らえぬ時代の流れ。そんな中でも、淡々と、城は見続けていたのかもしれませんね…



清洲城 (Kiyosu Castle) 犬山城 (Inuyama Castle)
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2012/04/08

[Travel Writing] 西日本桜紀行 - 愛知編 Vol.1

西日本桜旅、その大部分が、城と桜のコンビネーションがほとんどですが、愛知編に関しては、その全てが城とのコンビネーションに費やしているのかも知れません。何といっても、有名どころの天守はことごとくいったはずですから。^^;

広島から一路名古屋へ向かい、ホテルに到着したのが、前日(4月8日)の18:30。その時は、ただ何となくあるだろうなと思っていたものの、詳細を全く掴んでいなかったのです。名古屋城のライトアップについて。何気なしに名古屋城のHPを見たら、やっぱりライトアップは開催されていたな~… って、終了時刻が20:00! これは急がねば!
財布と携帯電話とカメラさえあれば何とかなるだろ的に、諸々の用意もそこそこに、名古屋城へと向かいました。

夜桜と名古屋城 - 一夜桜と名古屋城 - 二

夜桜もさることながら、名古屋城の桜をしっかりと両の眼に焼き付けたのは、今回が初めてかもしれません。天守を囲うように、四方に桜が植えられており、恐らく、名古屋城を俯瞰的に見れば、桜の海に浮かぶ城のように見えるかもしれません。^^
現在、本丸の復元工事が行われているため、名古屋城の入り口付近は、工事中で道幅がやや狭くなっています。もし、ゆっくりと撮影するのであれば、天守の北側、もしくは西側からがお勧め。上図の左側の写真は、北側から撮影したもののです。天守がよく見渡せるように、広場の真ん中はスペースが空いているため、名古屋城をくっきり撮りつつ、桜もワンポイントとして入れるには、丁度いいかもしれません。
むしろ西側は、撮影スポットの激戦区でしょうね… やはり、多くのカメラマンさんでごっただえしていました。^^; 加えて、昼間は西日が当たるため、夕陽に照らされた名古屋城を一目見るためでもあるんでしょうね…

ちなみに、通常の名古屋城は16:30まで(入場は16:00まで)ですが、桜の季節のように、夜間開放時は、19:30まで中を見学することが出来るそうです(入場は19:20まで)。こういう季節なればこそ、夜の城を楽しめる、というもの。滅多にない機会ですね(今回はあまりにも時間が足りませんでしたが…)。



名古屋城 (Nagoya Castle)
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[Travel Writing] 西日本桜紀行 - 広島編 Vol.2

実は、広島にはもう一つ、桜の時期に行きたかったところがあり、それが福山城です。


調べたところによると、福山城は1622年に完成した、新規の築城としては近世城郭で最も新しい城で、備後福山藩の藩庁かつ藩主の居城なのだとか。現存する建築物は、重要文化財として指定されている、伏見櫓と筋鉄御門の二点。天守も、1945年まで残っていたのですが、空襲により焼失。現在の天守は、1960年に復元されたものだそうです。

日本100名城の1つであり、また日曜日ということもあって、天守を囲うように、たくさんの花見客で賑わい、所狭しと、シートを敷いては、お弁当を食べたり、お酒を飲んだりと賑わっていました。名古屋城や大阪城、熊本城に比べれば、確かに規模は小さいものの、地元だからこその愛着を持って、思い思いに城の桜を楽しむ姿がちらほら見受けられます。カラオケをしたり、バドミントンをしたり… でも、もちょっと節度を持って下さいね。^^;


さらに福山城の敷地内を分け入って、日本庭園と神社へ。小規模な神社がちらほら。

福寿会館備後護国神社

城の敷地の北側にある、日本庭園と神社たち。しかしこちらの方に行くと、人もまばら。天守周りの賑わいが嘘のように静寂です。聞こえるのは、遠くの方で遊んでいる子供たちの声や自動車の音くらい。勿論、このくらい静かな方がいい気もしますが、何となく勿体ない気も… ^^;

今回、福山の旅は、福山城のみですが、実際のところは、歴史的な建造物・文化財は勿論なんですけれど、どちらかというと自然の景勝を堪能するところが多いのが特徴かもしれません。
例えば、『鞆の浦』。国立公園法に基づいて制定された国立公園『瀬戸内海国立公園』の一端となる景勝地で、大小さまざまな潮の道が行き交うところから、様々な様相を見せる自然界を形成していることは勿論のこと、古来より漁港としても盛んであり、漁港や港町としても有名なところですね。
人の作った文化財の壮麗さは、貴族や軍事的なところに多く見られるのは事実ではありますが、人々の生活の素朴さもまた、連綿と紡いできた歴史の中の一つ。そういったところも決して見落とさず見逃さず、しっかりとこの両の眼に刻み込んでいきたいと思います。



福山城 (Fukuyama Castle)
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[Travel Writing] 西日本桜紀行 - 広島編 Vol.1

九州新幹線に乗り、鹿児島中央から一路広島へ。到着した時には、既に陽も暮れ、空も色も徐々に暗くなろうとした時でした。
1日目の宿泊先は、世界遺産・厳島神社を擁する宮島へ。当初、宮島行きのフェリーは、夕方くらいで全て終わるものと思っていましたが、時刻表を見ると、割と早朝から深夜まで運行しているようで。まぁ、そうですよね。島にいる学生や会社員が、宮島口から広島に出て、通学・通勤しているのですから… ^^;

ホテルに到着し、クロークの人に、宮島の桜の開花状況を尋ねたところ、丁度満開と言うお答えが! これは期待できそう。ですが、日程的な事情もあり、宮島宿泊は土曜~日曜にかけて。折しも翌日の日曜日は晴れ。絶好の花見日和。宮島も、いつになく観光客でごった返しそうですね~… これは、事前に相当の計画を練らなければならないのではないかと思いました。

夜の厳島神社 - 一夜の厳島神社 - 二

そうは言っても、既に宿泊手続きは済ませたわけですし、混雑する前に出来る限りの作戦・下見は練ろうと思った次第です。というわけで、まずは夜の宮島(主に厳島神社近辺)散策。桜の季節に合わせ、大鳥居、そして五重塔がライトアップされています。
三脚を始め、固定するものを一切持っていない僕。納得する夜景を撮影するために、周囲の痛い視線に晒されながら、色々な角度、姿勢で何度もトライ! その結果が↑の写真でございます… ^^;
夜景の撮影は僕にとっては未だ未知の世界であり、同時に苦手としている領域でもあります。変わらず、撮影を続け、精進していく必要があります。


ホテルで一夜が明け、朝の5時。厳島神社を中心に朝の宮島を散策。日曜とは言え、早朝の宮島はほとんどと言っていいほど人がいません。だからこそなのです。絶好の撮影ポイントを見つけるために活動するのは! 混んでる時に、自分の撮りたい撮影スポットを探すのは、余計に時間がかかります。自由に動くことが出来る今だからこそ有効活用せねばならないのです! まぁ、普通に観光する人の行動パターンじゃないですよね… ^^;

その成果がこちら↓

多宝塔から厳島神社を臨む暁の厳島神社と満月

宮島観光案内HPにも掲載されているような、咲き乱れる桜と、そこから臨む厳島神社、そして瀬戸内海です。多宝塔から山の斜面に上る、『勝山城跡』の石碑が建てられているところから撮影しました。多宝塔を中心に、瀬戸内海が一望できます! そしして、海上の標ともなる大鳥居と、その脇を通るフェリー。典型的ではありますが、宮島・厳島神社そのもの! という感じの一枚が撮れた、と思えた一瞬でした。
右側は、これは完全に偶然なのですが、沈みゆく満月と厳島神社の大鳥居です。丁度干潮時期でしたので、海面にいい具合に映る場所を探すのにちょっと苦労しましたが、これも、自分が納得のいく場所を探すことが出来たと思います。


厳島神社 - 一厳島神社 - 二

大聖院 - 一大聖院 - 二

時間を追うごとに、徐々に観光客で賑わってくる宮島。ですので、厳島神社をはじめとする社寺廻りは、早朝がお勧め。厳島神社は、朝6:30から開門します。但し、入門場所が1か所しかありませんので、時間が経過するにつれて混雑し、門に行列が出来るのは必至です。ご注意を…
このほか、少し山裾を登ったところの、大聖院を訪れました。宮島で最古の歴史を持つ寺院であり、厳島神社の別当寺として祭祀を司り、社僧を統括してきた寺院という、歴史ある寺院だそうです。こちらも、1000年以上の歴史がある、大変古く、また、数々の文化財も擁する寺院でもあります。2006年11月3日、宮島・弥山の開創1200年を記念してダライ・ラマ14世による弥勒菩薩の開眼法要が営まれてもいるのだとか。晴れていれば、境内から見下ろす瀬戸内海を眺めるのもいいですね…

宮島を後にしたのは、丁度正午ごろ。宮島口に向かうフェリーから、これから宮島へと向かうフェリーとすれ違ったのですが、甲板に立ち客で溢れるほどの混雑ぶり! やっぱり、ゆっくり宮島を観光するには、朝早くが一番なのですね… ^^;



厳島神社 (Itsukushima Shrine)
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2012/04/07

[Travel Writing] 西日本桜紀行 - 鹿児島編

梅の開花が最大で1ヶ月も遅れたというのに、あれよあれよと暖かくなって、桜の開花は平年並み。しかも昨年よりも2~3日早め、という情報が。それを見越して、少し遅めの桜紀行を設定したのに、もしかしたら散ってしまうのではないか、と、半ば戦々恐々としておりました。出発前から、出鼻を挫かれる羽目になるのではないか、と… ^^;
そんなわけで、ドキドキしながら鹿児島空港に到着。一路、最初の目的地、仙巌園へ。

仙巌園より桜島を臨む仙巌園の春

何とか間に合った、というところでしょうか。少し、桜吹雪が舞い散っているところが見られるものの、全体として見頃を迎えていた、鹿児島の桜。本数としてはそれほど多くなく、全体が桜色に覆われている、というわけではありませんが、春の仙巌園の庭園を彩る上では、申し分は全くありません。
しかし、やはり南国だからなのか分かりませんが、雲がほとんどない晴天の空を歩いていると、どんどん気温が高くなり、暑くなっていきまして… ^^; 寒暖の差が激しいですので、ブルゾンを羽織っていたのですが、日中はほぼ脱ぐ羽目になりました。
まぁ、それも旅の醍醐味、ということで。何せ飛行機による移動は、経費を安く抑えるためには、最低でも28日以前には予約しなければならない。その時、行く当日が絶好の晴れ日和だとは誰も分かりませんから。後は祈るばかりなのです。だからこそ、多少の暑さは許容範囲内。むしろ、晴天の下、清々しい空気の中で桜見物できることに、感謝します。

仙巌園は、ご存じの通り、鹿児島市内の観光スポットの一つ、薩摩藩主島津氏の別邸。鹿児島湾を池に見立てて造園され、晴れた日には、雄大な桜島が見渡せます。勿論、歴代の島津氏の邸宅『磯御殿』の中も見させていただきました。島津氏ゆかりの品々が、往年の江戸の風情を今に伝えています。
幕末の頃になると、第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業に着手。仙巌園の隣の尚古集成館では、近代工業の軌跡の展示、兵器を始め、薩摩切子のガラス細工も展示されており、薩摩が、他の藩より先んじて、近代化の道を選んだ様相が伺えます。


仙巌園を後にし、鹿児島市内へ。鹿児島城と、高見橋を基点とする甲突川の桜並木を散策しました。

鹿児島市内と桜島遠望鹿児島城の桜

天璋院像西郷隆盛像

川沿いの桜並木 - 一川沿いの桜並木 - 二

仙巌園の桜と呼応するかのように、鹿児島市内の各名所でも、桜が満開に。鹿児島城は見事でしたね。『歴史資料センター黎明館』の敷地内が、そのまま桜の公園のようになっていますので、敷物を敷くスペースはないものの、ベンチに座り、友人と一緒に話をしたり、思い思いに桜を愛でながら思いに耽っている方がいらっしゃいました。
また、仙巌園から臨む桜島も勿論ですが、鹿児島城の城山公園展望台から臨む桜島もまた、息を呑むほどの絶景ですね~… 鹿児島市内の街並みのコントラストも相成り、素晴らしいの一言です。

またご存じの通り、鹿児島は、幕末から明治にかけて、位の高低に関わらず多くのを輩出している場所でもあります。それに伴い、市内にはあちこちで、偉人たちの像や石碑を多く見ることが出来ます。歴史的解釈は、後世の歴史研究家達によって様々であるため、見方によっては、低い評価の偉人たちもいるかもしれませんが、それぞれがそれぞれの思いを馳せて、迫りくる日本の危機のために、己の身を以て実行した、という事実には変わりありません。その上に、私たちが生き、そして連綿と歴史が紡がれていくのですから。
そんな偉人たちの足跡を訪ねながら、鹿児島を探訪するのも、味わい深い旅が出来るかもしれませんね。



仙巌園 (Sengan-en) 鹿児島城(鶴丸城) (Kagoshima Castle)
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